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ネイティブ

数々のネイティブアメリカンのテンペラ画も描いている。ニューメキシコ州のサンタフェの青空の大地に野外ミュージアムのアラン・ハウザー・ミュージアムから、メトロポリタン美術館、ニューヨーク近代美術館、ワシントンD.C.にあるスミソニアン博物館の国立アメリカ・インディアン博物館、ホワイトハウスの名誉のあるコレクションにも加えられた。さらにその彫刻は国連前広場から、アメリカ大統領の迎賓館及び副大統領官邸にも飾られている。

ジェロニモ

ジェロニモを大叔父にもつ彼は、1914年6月30日アメリカはオクラホマ州アパッチの農場に生まれた。父サム・ハウザーはジェロニモと共に合衆国政府相手に戦ったチリカファ・アパッチのメンバーであり、戦争の囚人として1886年に捕まり、ジェロニモと共にフロリダの収容所に収容されていた。後に部族は共にフロリダからオクラホマの収容先に送られた。解放後、部族の多くはニューメキシコにいる部族の仲間のところに行ったが、オクラホマにとどまる者も居て、彼の母親も他の者と共にオクラホマでコミュニティを形成し、コミュニティの農場で彼は生まれた。

サンタフェ

    後に彼はニューメキシコ州のサンタフェにある、サンタフェ・インディアン・スクールでアートを学び、1936年には賞も受賞するなど有名な学生となった。注目を集めるようになった彼は1939年に芸術活動の場をサンフランシスコ、ワシントンD.C.、シカゴと移した。彼はアメリカ内務省、カンザス州のハスケル・インスティュート、オクラホマ州議会議事堂などの壁画を手がけ、1954年にフランスのパルメス・デ・アカデミックの受賞をフランス政府から与えられた。1951年から1962年にはユタ州はブリガムにあるインターマウンテンのインディアン学校の教授になり、また1960年代から1970年代の13年間にサンタフェのインステュート・オブ・アメリカン・アーツ(IAIA)で教鞭をとった。その後はスタジオで弟子の指導をしていた。1992年にナショナル・メダル・オブ・アーツを受賞し、ブッシュ大統領からメダルを与えられた。1994年8月22日に死亡するまでアメリカ・インディアンを代表する芸術家として数々の賞を手に入れてきた。息子のフィリップ・ハウザーも父の後を引き継ぎネイティブアメリカンの芸術家として彫刻を造っている。